2012年12月25日火曜日

アンドレア・ピルロ 天才レジスタの「戦術眼」(後編)

アンドレア・ピルロ 天才レジスタの「戦術眼」(後編)

footballchannel.jp

『新生ユベントスを操るマエストロのプレービジョンを聞く』
ゲームの先を読み、長短のパスを自在に操る希代のレジスタが理想とするサッカーとはどのようなものか? また、そのプレー理論とはいかなるものなのか? 天才の戦術眼についてたっぷりと話を聞いた。翻訳:宮崎隆司

ツイート


アンドレア・ピルロ【写真:Sinichiro Kaneko/Kaz Photography】

【前編はこちらから】 | 【欧州サッカー批評5】掲載

――ならば、もう一方の"考えたパス"、今季のプレーに限って言えば、やっぱりホームでの対パルマで魅せた君の……。

「あぁ、あのクラウディオ(・マルキージオ)へのアシストだね。DFラインの裏に抜けるクラウディオに縦パス。確かにあれは考えたパスだよ。もちろん、パスを出す直前にゴールまでのイメージも出来上がっている。なので、単に縦に入れるだけじゃなくて、あの場合は僕の立ち位置から角度的にはほぼ垂直に前へ、そして浮かしたボールを入れてるんだ。

 その到達点にクラウディオがピンポイントで合わせてダイレクトで、しかもアウトサイドでGKの左に流し込むというところまでイメージした上でのパスだよ。もちろん、受ける側のクラウディオも同じイメージを描きながら走っている。あれは本当に完璧なプレーだったね」

――一方、DFラインの前から組み立てを始める場合はどうなんだろう。さっき君が言ったように、そのエリアでは敵の激しいプレスを受けることになるわけだが……。

「そうだね。でもここでもやっぱり言えるのは状況次第。ケース・バイ・ケース。ディフェンダーからのパスがどこから来るか、その角度によっても選択すべきプレーは違うし、プレスに来る敵の数によっても違うし、味方がどの位置に動いているのかでも違ってくるし、大切なのは、あくまでも状況を正確に察知することだね。その上で最も効果的なプレーを選択しなければならない。あえて抽象的な言い方をすれば、受ける際に相手のプレスを"抜く"というイメージだね。

 ただ、何よりも重要なのは、あのグアルディオラがブレッシャでプレーしていた頃によく言っていた言葉なんだと改めて思う。当時の僕は彼を見るために頻繁に足を運んでいたんだけど、そこで彼はこう言っていたんだ。"『受ける、考える、パスを出す』ではなく、『考える、受ける、パスを出す』"。

 基本中の基本、至って当たり前のことなんだけど、これがやっぱり最も大切だと思うんだよ。つまり、思考速度。この速さが"違い"を生む。そして、僕のようにフィジカル的なスピードのない選手でも、その欠点を補うことができる」

【次ページ】

――ただ、これまでの話は大半が"短いパス"に関するものだと思うんだけど、ところがレジスタ・ピルロの凄さは他にもある。とりわけ顕著なのが中・長距離のパス。この精度でピルロに勝るMFはいないと言われている。

「かどうかは分からないけど……(笑)。でも、この長いパスに関して僕から言えるのは、それが決して"偶発的"つまり"意図しないもの"であってはならないということだね。どんなパスであれ、後方からのパスはそのすべてが常に考えられたものでなければならない。苦し紛れに蹴るクリアのようなボールは組み立てに際してあってはならないということだね。

 でも、その実、この手のパスが一番簡単なんだよ。40、50mといった長いパスでも、多くの場合、そこには必要な"時間"があるからね。それに、例えば前線でDFラインの裏に抜けようとするFWがいるとして、でもそのFWがスタートを切る瞬間を僕らMFは正確に目視することができるのだから、最高のタイミングを計る時間もあれば、パスの種類を選択する時間もある。

 後は……、実際にそのパスを正確に通せるか否かってことになるけど、でもそこはもう唯一、その選手が持つ技術だけが問われるわけだからね。感性というのか、感度というべきなのか、その繊細さを高いレベルで足先に備えておく必要がある。そして敢えて言えば、幸運にも神様は僕の両足にその大切なものを与えてくれた」

ミランを去ったのは、僕が"終わった"からじゃない

――そのアンドレア・ピルロは、しかし昨シーズンの終了をもって10季在籍したミランを退団。今年5月には33歳になる。名門ユベントスに移籍するも、実に多くのメディアが"既に終った選手"と評していた。ところが、いざ蓋を開けてみれば瞬く間にミラン時代と同じように中心選手となり、首位を走るユベントスに絶対不可欠な存在となっている。周囲の予想を完全に覆してみせた今季これまでの活躍、復活の要因は一体どこにあるのだろうか。

「そう誰もが言うんだけどね……。でも実際のところ僕自身はホントに僅かさえも"復活"だなんて思っていないんだよ。ミランを去ったのは、あくまでも技術・戦術的な理由であって、なにもこの僕が"終わった"からじゃない。長くミランの戦術における要の役を担ってきたわけだけど、その10年目を終えたところでクラブの意図が今までとは違っていたというだけ。時は色んなことを変えていくからね(笑)。

 決して珍しい話じゃないと思うんだ。ミランの今季へ向けたプロジェクトの中心に僕の名はなかったわけだよ。ならば変えるより他なかった。そしてユベントスこそが最も強く僕を必要としていて、その他ならぬ彼らのプロジェクトの中心には、『アンドレア・ピルロの名が書かれてある』と、そうクラブの首脳が言ってくれたんだ。

 確かに今季の僕を指して多くの人が"復活"と言うけど、当の僕の中では何一つ変わったことはない。『10年に渡ってピルロはこのレベルでプレーしている。なのになぜ今にして皆は驚くんだ?』と、去年のクリスマス前にプランデッリ(代表監督)が言ってくれた通り。変わったのはユニフォームの縦縞の色だけだよ(笑)」

――そのプランデッリと言えば、言うまでもなく代表、今年6月に控えるユーロ(2012欧州選手権)。南アでの失意から2年、まさに"復活"を期すイタリアは、しかし来るユーロの初戦(6月10日)で現世界王者、欧州王者のスペインと対戦する。難しい戦いが予想されているが。

「もちろん簡単ではないよ。むしろ、文字通り"最強"である彼らが相手なんだからこれ以上ないほどの難しい試合になる。でもね、僕らとしては同時に最高のモチベーションで臨める相手でもあるわけだし、なので必ず見応えのある試合になると確信しているよ。そもそもイタリアは不利と言われれば言われるほど力を発揮するというのが伝統だし(笑)。

 とにかく、この僅か1年と数ヶ月でプランデッリが劇的にプレーの質を変えたという事実、それを代表で成し遂げることがいかに難しいかを知るからこそ、僕だけでなくメンバー全員が監督に分厚い信頼を寄せているんだ。ピッチに立つ現代表に迷いはない、というところだね。誤解を恐れずに言えば、あの世界を制したリッピの代表をプレーの水準で今の代表は確実に上回っている。

 主力2人(アントニオ・カッサーノとジュゼッペ・ロッシ)を欠くことになるのかもしれないけど、それでも僕らイタリア代表は相応のサッカーをみせると確信している。そして、他の誰よりも僕ら選手が6月の対スペインを心待ちにしているんだ」

ピルロが最も活きる形とは?

―― 冒頭で君は今日のバルセロナを理想のサッカーと言ったわけだが、現実に今季のユベントスが4-3-3を採用しているとはいえその中身はバルサのそれとは大きく違い、かつ代表は4-3-1-2が基本。ここでもまた異なるサッカーをしている。だけでなく、君は昨季のミランでは中盤のサイドでもプレーした。端的に、ピルロが最も活きる形とは?

「そうだね……難しい質問だけど、やっぱり一番"ムリなく"プレーできたという意味ではアンチェロッティのミラン、ということになるのかな……。あの4-3-1-2。中盤の底に僕がいて、その僕の左右にガットゥーゾとセードルフ、ロンボ(ダイヤモンド型)の頂点にはカカ、前の2人はシェフチェンコとインザーギ。で、両サイドではカフーとパンカロが機をみて"ウイング"に変化するというあの形。03-04シーズンにスクデットを獲ったミランだね」

――コンテの4-2-4はどう?

「とても意義ある試みだと思うし、常に攻撃的であろうとする闘将・コンテらしい考え方だとも思う。ただ、あのサッカーをやるには当然のことながら物凄い運動量が一貫して求められるから、よほど11人のコンディションが良くなければ実践には大きなリスクを伴ってしまうことになる。少し違うとは言っても、2年前のミランで、レオナルドの指揮下で僕らは4-2-1-3を、いわゆる"4-2-ファンタジア"をやっているからね。あの布陣では中盤は僕とアンブロシーニ、トレクアルティスタがセードルフで、前の3人はロナウジーニョとボリエッロ、そしてパト。

 言えるのは、僕ら中盤の2人には通常の4倍を走ることが求められて、それが実際には継続不可能ということで、結果としてヒドい量の失点を喫してしまったということ。とても面白いサッカーだったことは事実だけど、最終的にタイトルを獲れないことは分かっていたよ。あの手の戦術をセリエAで実践するのは建設的じゃない。むしろ非現実的だと言うべきなのかもしれないね。

 もっとも、あのミランでは前線から守備に戻るFWはボリエッロの他にはいなかったんだけどね。まぁ、CFの彼だけが戻るというのも実に不思議な話なんだけど……(笑)。なので、今回この月のメルカートでそのボリエッロがユーベに入ったことには重要な意味があるんだよ。

 とにかく、今季の開幕から間もなくしてコンテが基本となる形を変えたのは賢明な判断だったと思う。重要なのは、そのコンテ特有の攻撃的なメンタリティが今のユベントスに失われていないということ。時間帯、戦況によっては4-2-4以上にアグレッシブに攻めにいくからね。そして、ボールを失えば全員が猛烈な勢いで守備に戻る。

 それを可能にする走力が今季のユベントスにはあるし、守備のメカニズムがほぼ完璧と言えるほどのレベルにまで達している。で、もしも守備に戻らない選手がいようものなら、あの熱い闘将がロッカールームで文字通り爆発する、と……(笑)」

難敵・ウディネーゼの存在

――逆に、最も難しい相手、戦い難いチームとは?

「ウディネーゼだね。それこそ守備のメカニズムという点で、あれほど隙のないチームは欧州全体を見渡してもそう多くはないはずだからね。一地方クラブがAで上位(第21節終了時、単独3位)に割って入ることがどれだけ難しいか。しかもそれを(昨季から)連続するということがいかに難しいことか。

 この事実だけでも監督グイドリンが果たした功績は今以上に高く評価されるべきだと思うんだ。そして何より、ウディネーゼのカウンターは文字通り"脅威"だからね。あの守備から攻撃に転じる際のスピードはまさに"殺人的"だし……(笑)。なので、今季のユベントスが最も苦しんだ試合が他ならぬ対ウディネーゼだったというのは決して偶然ではないんだよ」

――最後に、もう一問だけバルサについて。あのクラブによる支配はこの先も長く続くのだろうか?

「あれだけの才能を持つ選手たちで構成されたジェネレーションがいつまで続くか、そして、これから先に今の主力たちに取って代わる才能をどれだけ育てていけるか……。問われるのはその部分だと思うんだけど、ところが実際にバルサは継続してカンテラから次々に新しい才能を輩出してみせている。今現在のバルサそのものが全体として非常に若いのだから、きっとこれからも長く、少なくともこの先もまだ10年は彼らの時代が続くのだと思う。

 とにかく、今日のバルサはまさに芸術だからね。この僕も彼らの試合をTVで観る度に、思わず見惚れてしまうというのか……、ただただうっとりと言葉なく、眺めてしまうというのが正直なところだよ」

――一部報道によれば「ピルロはバルサでプレーできる唯一のイタリア人プレイヤー」とグアルディオラが語ったと言われているが……。

「だとすれば実に光栄だね。でもまぁ実際にはそれって叶わない夢だよ。なにせこの僕はもう歳をとり過ぎているから。夢の中で、もしくはプレイステーションあたりで一緒にやらせてもらうだけで十分だよ(笑)」

【了】

初出:欧州サッカー批評5

プロフィール

アンドレア・ピルロ
1979年生まれ、イタリア・ブレシア出身。95年にブレシアでセリエAデビュー、98年にインテルへ移籍。99年にはレッジーナから01年にブレシアに期限付き移籍後、シーズン終了後にミランに加入。11年よりユベントス。2002年にA代表デビュー。EURO04、08に出場。アテネ五輪ではオーバーエイジとして銅メダル獲得。2006W杯では優勝に貢献。

Original Page: http://www.footballchannel.jp/2012/12/22/post1147/

Shared from Pocket



Sent from my iPad